その看護師が、かつて幾度となく薄暗い小部屋で共に夜を過ごした娼婦だと気づいたのは、医師に呼ばれて診察室へ入った直後のことだった。
「こんにちは。今日はどうしました?」と太った内科医が尋ねる。
「あっ、ええと」慌てて言い淀んでいると内科医は、とりあえずお掛けください、と目の前に置かれた丸椅子を手で示す。
私はしどろもどろになりながら、昨夜から倦怠感が酷いこと、来週までは絶対に仕事を休めないことを内科医に伝える。その間に看護師は私の方を一切見なかった。
それではビタミンを点滴しましょう、ということになり、内科医はカルテを記入し「それじゃあ、よろしくね」と、看護師に処方を渡す。
看護師に案内されるまま、私は別室へ移動する。その間も彼女は一切、私の方を見ない。簡易ベッドが置かれた小部屋に入ると、彼女はベッドを指差し「横になって腕をまくってください」とごく端的に私に指示する。
私はごく普通の、彼女と何の関わりもない患者として振舞おうと思った。けれど。
私は内側から沸き起こる衝動を、抑え切れなかった。
「お久しぶりですね」
と、私は言って、笑う。「狭い部屋で二人きりで語り合った。あの夜を思い出すよ」
看護師は一瞬たじろぎ、私の目をじっと見つめる。
二人で交わした、他人には決して聞かせられない様々な言葉が蘇り、余韻となって空間に漂い始める。
「……野暮なのは百も承知です。いや、完全にルール違反でしょう」私は込み上げてくる彼女への情念を、抑えることができなくなっていた。
「私は、あなたともう一度、話がしたかった。私のことを、忘れていませんよね?」
看護師は険しい顔でわずかにうなづき、私を見つめ続ける。
「あなたは、なんども私に、自分の肉体が汚らわしいと、消えて無くなりたいと言って、いつも泣いていた。そんなあなたを、私はいつも、なんて美しい人なんだと、そう思い続けてきました」
私は震える声でそう言い、彼女の頬に手を伸ばす。
「そして、もうじき新しい仕事をするんだ、生まれ変わるんだと、懺悔室で言ってくれたね」
看護師はこらえきれず、大粒の涙を流し、私の両手を握る。
「すっかり教会に来なくなって、本当に心配していましたよ。今日ここで会えたのは神の思し召しに違いありません。私は聖職者として、これほど嬉しいことはない」
かつて娼婦だった看護師は涙をぬぐい、誇らしげに笑った。
「神父さん。わたし、生まれ変われたよ」
私はその笑顔に、神々しい聖女の面影を見た。
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執筆時間:30分、翌朝ちょこちょこ推敲
・お題提供は下記のサイトを参考にさせていただきました。
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